2018年2月6日火曜日

不知火に消ゆ

あるところで打ち合わせというか顔合わせというか、そういうものをして、大学でいくつか細かい仕事を終えてから行ってきた。新国立劇場。

松田正隆作、宮田慶子演出『美しい日々』新国立劇場演劇研修所第11期生修了公演

僕は初見だが、松田正隆の20年ばかり前のこの作品はなかなか面白かった。

二幕構成。第一幕は中央線沿線と思われる六畳一間のアパート。二部屋の話が交互に描かれる、ちょっとしたグランド・ホテル形式かと思わせる。

中心は高校の非常勤講師永山健一(バルテンシュタイン永岡玲央)。専任になれる見込みがあり、同じ高校に同じ非常勤で勤める鈴木洋子(金聖香)と婚約しているのだが、彼女の浮気が発覚、別れることになり田舎で入り婿生活を送る弟の許へと旅立つ。隣の部屋ではニートで社会生活に適合できない兄(上西佑樹)と、身体を売って生活を支えているらしい妹(川澄透子)の出口なしの生活が繰り広げられている。この兄弟の生活の破綻を経て、東電女子社員殺人事件や地下鉄サリン事件を思わせるアナウンスと、何らかのカタストロフを生き延びたらしいカップルの短いやり取りの幻想的な短い場が挿入され、幕。

第二幕は健一の田舎暮らしを描いたもので、近所に住む独身女性美津子(佐藤和)との切ない思いの交錯が次第に前面化していく。

第一幕での健一のちょっとした台詞(女の子の胸に火を当てたことがある)と健一の教え子堤佳代(高嶋柚衣)のさりげない示唆(ストックホルム症候群についてのもの)が第二幕に繫がっている。健一が田舎に越した理由は失恋だけではないだろうとの示唆も、正解が得られないままただほのめかされて終わる。それがこの劇の面白いところ。


主役のバルテンシュタイン永岡玲央は、さすがにこの期の一番のスターといったところだろうか? 名前が示唆するとおりの外見。上の段落に書いた「ちょっとした台詞」というのは、興奮の極でつい過去を思い出して言ってしまうひと言なのだが、その興奮の表現が面白くて、だからその台詞を記憶することができたのだと思う。二幕への繋がりがそれで分かりやすくなった。うむ。やるじゃないか。

本日の収穫は、文庫化された、これ。

ミシェル・ウエルベック『闘争領域の拡大』中村佳子訳(河出文庫、2018)