2016年2月15日月曜日

2月はもっと地獄の季節

 翻訳中の『第三帝国』にこういう文があった。

 "Al tutearla Frau Else enrojeció" (〔敬称のustedではなく親称の〕で話しかけるとフラウ・エルセは赤面した)

これの英訳:

 "When I addressed her with the informal du, Frau Else blushed" 
 
『第三帝国』は語り手=主人公はドイツ人ウド・ベルガーだ。彼がスベインの地中海側のリゾート地で夏を過ごす話。泊まっているホテルは、ウドがかつて、子供時代に両親によく連れられて来た場所。ウドはそこのオーナー夫人のフラウ・エルセにその頃から恋い焦がれていた。大人になって恋人と一緒に過ごすウドは、フラウ・エルセに取り入ろうとしている。中心となるプロットではないけれども、『第三帝国』はこうした若い男性の年上の女性への淡い憧れをも書いた小説。

フラウ・エルセはドイツ人で、つまりウドと彼女はドイツ語で話している。そういう設定だ。それをボラーニョはスベイン語で書いた。上の文章は、ふたりが始めて親しげに親称のtúで会話を交わした瞬間のもの。

英語には……現代英語には敬称と親称の差がない。他のヨーロッパ言語にはあるのに。で、英訳ではどんな場合でもウドはフラウ・エルセにyouで語りかけることになる。敬称から親称への移行は単語によって表現はできない。そこで英語はスペイン語原文を引き合いに出すのでなく、ドイツ語で会話が交わされているという設定に合わせて、ドイツ語のduを使い、上のように表現した次第だろう。

僕が編集者に送付した訳文ではスベイン語の単語もドイツ語の単語も混ぜていないけれども、少なくとも、英訳のような処理は考えていなかったので、とても新鮮に思えた次第。


でもまあ、ともかく、本筋とは無関係(に思える)ながら、ウドのフラウ・エルセへの恋はロマンチックなのだ。若いボラーニョがここにはいるのだ。(写真はイメージ)

あ、そうそう。2月28日、こんなイベントに参加します(「こんなイベント」にリンク)。