2014年9月5日金曜日

教えて佐々木先生

ぼくはまあ心情としては学生を突き放したい方である。ろくな論文作法も知らずに書いてくる文章など0点にして落としてしまえばいいと考えるほうではある。が、そうするとほとんどの学生に不可をあげることになる。仕方なしに、このマニュアルに書いてある形式を守っていないレポートは不可とする、と宣言して楽をするために、レポート・論文の書き方などというものを書いて配ったのが10年ほど前の話。

外語では2012年度からだったろうか、「基礎演習」という、1年生向けの、学術スキルを訓練する授業が始まり、ぼくはその授業の準備をするためのワーキング・グループの一員だった。プランを練り、デザインした。でも実際には(幸いにも)その授業は担当することなく東大に移った。

東大は本郷である。3年生以上を相手にしていればいい……はずだった。が、来年度からのカリキュラムの改革のために、ぼくらまで初年次教育に携わることになり、どうやら、同様の、1年生向けの学術作法を教える授業を持つことになりそうだ。

やれやれ……

そんなわけで、買ってみた。佐々木健一『論文ゼミナール』(東京大学出版会、2014)

数ある論文執筆マニュアルの中では、ぼくは栩木伸明『卒論を書こう――テーマ探しからスタイルまで 第2版』(三修社、2006)が面白いかな、と思っていて、それはパラグラフ・ライティングのことをきっちり説明・例示してくれていること(それを行ってる唯一でも最初でもないけれども)と、いわばライフスタイルの提唱から入っているところがいいな、と、しかもそれは人文科学系の学生に対するよきアドヴァイスだなと思えるところなのだった。

さて、では美学藝術学の佐々木先生、どんなアプローチで論文の指導に当たられるのだろう? と思って買ったわけだな、今回。どれどれ……

ご本人も自負しているのは、論文執筆をひとつの技術(これにはアートとルビが振られる)と捉えていることだ。「困るのは、論文を書くのに特に技術など必要ではない、と思っている人びとです。卒業論文を書こうとしているひとたちに多いのではないか、と危惧します」(14)。「大学で論文の書き方が技術として教えられていないのは、それが言葉では教えることができないからです。およそ技術とは、そういうものです」(16)とたたみかけてくる。「およそ技術とは、そういうものです」! いや、ところがね、佐々木先生、最近では大学で論文の書き方を技術として教えなければならないんですよ。だからこの前提はとても励みになるんです……

「真似るために論文を読書する」という項を立てているところなども、提示のし方がいいと思う。

そして何より優れているのが、ノート/カード問題。これまでほとんどのマニュアルはカードを採ることを推奨し、かつ、ノートはカードと同様のものだとの立場に立っていたと思うのだが、佐々木は違うのだ。「ノートは(略)要約するのに適しています。それに対してカードは、著作や論文のなかで見つけた重要な文章をそのまま書き写すものです」(51)「カードをノート風に使うことは、ほとんど無意味です。それに対して、ノートをカード風に使うことはできます」(52)と差異を説明している。


うむ。早速、来年度の初年次教育、上の栩木さんの書とともに、推薦書に指定しておこう。(引用内の強調はいずれも柳原)