2014年2月18日火曜日

ホンキートンク・赤羽

どういうわけかはわからないけれども、人は時々、ある種のメロディーに取り憑かれることがある。

いや、「どういうわけかはわからない」と書いたが、わかることもある。〈ドン・キホーテ〉に行ってからずっとあの「ドン、ドン、ドン、ドンキ、ドンキ ホーテ♪」のメロディーに取り憑かれたりする場合がそれだ。〈ヨドバシカメラ〉を出た瞬間から「鉄道唱歌」の替え歌が頭にこびりついて離れない場合がそれだ。

が、なぜかわからない場合もある。なぜかはわからないけれども、何かの曲が我々に取り憑くのだ。

その日の場合は「ホンキートンク・ウーマン」だった。ザ・ローリング・ストーンズだ。キース・リチャーズのオープンGチューニングだ。そのメロディーがいつまでもぼくを離さないものだから、オープンGにチューニングし直すのも面倒で、キーをAにあげたギターを伴奏に歌ってみた。

歌詞を忘れかけていた。1番と2番を混同したりしていた。それを確かめたりしていたせいで、ストーンズの名曲はますます僕を支配することになった。つまりぼくはドツボにはまったのだ。

ちなみに、「ホンキートンク・ウーマン」という曲はその卑猥な含意が問題になった曲だ。僕はその日、すっかり悪党気分に浸ることになったのだ。「NYCでバツイチ女を押し倒したぜ」ってな気分だ。

その日は旧友に会う用があった。東京の外れで会った。久しぶりだった。彼女は――言い忘れたが、「旧友」は女性だ。この際どうでもいい問題だが――ワインをひとくち飲むなり訊いてきた。

――ねえ、どうして外語を辞めちゃったの? いられなくなるような悪いことしたの? 

僕は絶句した。彼女の住む世界では、大学の教員が他大学に移るとすれば、それはその大学で悪いことをして追い出される時であるらしい。追い出されて新たに行く先の大学としてもいい迷惑だ。

――ごめんね、変なこと訊いて。辞めるとは思ってなかったからさ。別に言えないことなら教えてくれなくてもいいんだけど……

僕の無言が彼女の予想を保証しているということなのか、彼女はその路線で話を続けてくる。

困ったことに、既に言ったように、その日は僕はストーンズに毒されていたのだった。ふだんは偽悪趣味など持ち合わせないのだが、そんなわけで、その日は事情が違った。

――おおよ。メンフィスでジン浸りのバーの女に会って、そいつがねえ上に行って乗らない、なんて誘ってきて、俺を肩にかつぐはめになっちまってよ……

……ってなものである。

やれやれ。世界は複雑な相貌を持っている。


赤羽にはカウンターに生ハムの脚を乗せたバルが少なくとも2軒ある。