2011年2月20日日曜日

パセリとオレンジ、そしてタンポポ

昨日は結婚して妊娠までした卒業生を祝って……というわけではないが、卒業生たちと渋谷のペルー料理店《ミラフローレス》で昼食。

今朝届いた本は、これ。Dunia Gras, Leonie Meyer-Kreuler, Fotografía de Siqui Sánchez, El viaje imposible: En México con Roberto Bolaño (Zaragoza, Tropo Editores, 2010)

ボラーニョの本からの引用とそれについての説明や解説、そしてそれらの場面に対応した写真という素敵な本。ボラーニョを読む際のイメージの助けになる。作家への愛に満ちた一冊。ぼくはたぶんメキシコ市についての本を書くことになっているはずだが、それへの助けともなる1冊。

電車の中での読書専用にしていたので読み終えるのが遅くなったが、以下を読了。

エドウィージ・ダンティカ『骨狩りのとき』佐川愛子訳(作品社、2011)

ドミニカ共和国の独裁者ラファエル・レオニダス・トルヒーリョ(1891-1961)を扱った小説のうち三作が、今年一気に翻訳出版されるということで、今年は没後50周年であることもあり、トルヒーリョ年とでもしておこう? 三作のうち二作は作品社からで、バルガス=リョサの『チボの狂宴』とダンティカのこれが出た。この独裁者Trujillo、『チボの狂宴』ではトゥルヒーリョと表記され、ダンティカの本作ではトルヒーヨとなっている。表記は統一した方が良かったのではないか? といいながらぼくはトルヒーリョとしているわけだが……ともかく、いずれも同一人物だ。

さて、それで、バルガス=リョサについては、いずれどこかで話すはずだし、授業でも読むと思うのだが、取りあえず、ダンティカのこの小説。このブログでの紹介など、何やら冗談めかしているけれども、この紹介は決して冗談ではない。これはパセリ小説だ。

主人公=語り手はアマベルというハイチ人女性。ハイチの実家は零落したのだろう、地所を追われ、ドミニカ共和国のその名もアレグリーア(喜び、の意だ)という地のスペイン系の白人家庭で使用人として働いている。バレンシアという名の奥様には頼られているし、医者のハビエル先生からは助産婦になれと言われるほど聡明な人物だ。前半は平和に見えるけれども、画然とした格差の存在する白人/黒人、ドミニカ人/ハイチ人の共存を描いている。

トルヒーリョは1937年にとあるサトウキビ農園でのストライキをきっかけにハイチ人たちの掃討作戦に打って出るのだが、小説の中盤は、この虐殺から主人公たちが命からがらハイチに逃げ帰るまでを描いている。アマベルはその名も「虐殺の川」と呼ばれることとなる両国国境の川を渡って逃げ帰るのだが、途中、恋人のセバスチアンと生き別れ(あるいは死に別れ?)になる。セバスチアン以外にも仲間たちを途中で失い、亡くしていく。

小説の後半はハイチに逃げ帰ってから、セバスチアンの母親のもとを訪れたり、途中で知り合ったイーヴスの家に身を寄せたり、といった様子が描かれる。彼女はセバスチアンが生きていると信じ、彼が戻ってくるのを待っている。そして虐殺の30数年後、トルヒーリョも暗殺された後、アマベルはバレンシア奥様を訪ねる。

で、そのハイチ人虐殺に際して、パセリ(perejil ペレヒル)という単語を言わせてハイチ人か否かということを確認していたし、パセリは前半の生活の細部を描く場面でも、印象的に出てきた。PTSDのひとつの表れとして、イーヴスはその後ずっとパセリの味を忌み嫌うことになる。これは本当にパセリが重要なキーをなす、パセリ小説なのだ。

このパセリと対をなすのがオレンジ。ハイチに戻ったアマベルは、ある女からオレンジをもらい、これを焼き焦がして体に塗り、それから実を風呂で洗い流すと傷が治ると言われるのだ。タンポポを吹いて飛ばすと子供のおねしょがなおるとか、そういった植物の人間に及ぼす作用についての感受性が印象的。「パセリ小説」を敷衍してハーブ小説と呼んでもいいかもしれない。

カルペンティエールの『光の世紀』で、ヴィクトル・ユーグの連れてきた黒人医師がエステバンの庭の木を引き抜くと彼のぜんそくの発作が治まるというくだりがある。つまり、アレルギーの元を断ったということだが、こうした人間と植物の関係に対する感覚は、ぼくなど鈍いところなので、はっとさせられるのだった。