2010年12月28日火曜日

さらに張り裂けそうな胸

昨日書いた「胸が張り裂けそう」なノートには、ぼくの先生の死の前後のことも書かれている。ぼくは自身体調を崩し、師の死を知り、それからもうひとつ個人的にとても悲しい出来事に遭遇し、三重の意味で苦しかった。しかもそのとき患った病気というのが、自分はこのまま死ぬかもしれない、死ぬのは怖い、こんな怖い思いをするくらいだったら死んだ方がましだ、いっそのこと死んでやる、という矛盾した思考法をぼくに強いるものだったので、余計に、本当に苦しかった。その後、ぼくは4年間、抗鬱剤を飲んでつらい日々を送った。

それからも4年が経ち、ぼくはどうにか通常の体調に戻った(といっても、いろいろと失ったけれども)。しかし恩師は亡くなったままだ。ぼくたちは年中行事として、今年も、遺影に線香をあげに行った。先輩や後輩、友人たちを伴って。

ぼくがその「胸が張り裂けそう」な年のノートを見返したのは単なる偶然で、この年にこれらのことが起こったということを忘れていたのだけど、でもともかく、そこにある種の奇遇を読み取り、今年はことさら感慨深かった。

生き残った者の義務として、ぼくらは亡くなった人たちの記憶を、こうして毎年新たにしている。ぼくたちが死んだ後、ぼくたちの次の世代の者たちが、ぼくたちのことをこうして記憶してくれるかはわからないけれども、そしてぼくはその点に関して、かなり悲観的な観測を持っているし、それはそれでいいのかとも思うけれども、少なくともこういった価値観を植え付けられた者として、線香をあげ、手を合わせる。