2010年12月23日木曜日

迷って恵比寿

見に行かなければと思っていたが、今朝、起きてみてたら行けそうだったので意を決し、さて、ではどちらにしようか悩んだのだった。

ジャン=リュック・ゴダールとウディ・アレン。

結局、より近い方に(というわけではないが、ともかく、そんな気分だったので)。恒例のシャンデリアの飾られた恵比寿に。

ウディ・アレン『人生万歳!』(アメリカ、2009)

監督40作品目だそうだ。本当は70年代半ばにゼロ・モステルのために書いた脚本。モステルの死によってお蔵入りになっていたのだが、2008年、俳優組合のストが見込まれたので、撮影時期を早めなければならないという理由で、この古い脚本を引っ張り出してきて、手を加え、ラリー・デヴィッド(『となりのサインフェルド』だ)を主役に仰いで撮ったということのようだ。

これが意味していることはただひとつ。ウディ・アレンは毎年一本は映画を撮るとのノルマを自らに課し、それを守っている。

実際、円盤形をした今回のパンフレットにはフィルモグラフィーが載っているが、69年の監督デビュー作『泥棒野郎』と71年の第2作『ウディ・アレンのバナナ』の間に空いた年があるけれども、その後は確実に年1本以上のペースを守り続けている(91年も途絶えているが、前年に2本撮っている)。書き続けること、1本書き、次の1本を書いたら、君はもうシナリオライターだ、と言った(引用はうろ覚え)この人物ならではの偉業。

もちろん、ウディに浴びせられるであろう批判は、予想できる。同じ歌が歌われている。若い女性を見出しては使っておきながら(今回はエヴァン・レイチェル・ウッド)、彼女たちを馬鹿にしすぎだ(『誘惑のアフロディーテ』のミラ・ソルヴィーノがその極端な例)、等々。

でも、いつかも書いたが、アレン自身が何かの映画で描写している。絶望したときにひょっこり入った映画館で見たマルクス兄弟の映画に救われた男の話を。彼は自身の映画がそんなものになるようにと考えているかのようだ。年に1度の救い。

デヴィッド演じるボリスが客に向かって話しかける(他の登場人物はそれをおかしな行動として眺める)シーンなど、よくよく考えると、実は単なるメタフィクション的要素とは言えない何かを含んでいるようでもあるのだが、それが些細なことのように思われるほどに、ウディ・アレンはウディ・アレンなのだ。

ノーベル賞級の量子力学の研究者だったボリスがパニック障害に陥り、自殺未遂を引きおきしてから零落、それがいかにもアメリカ南部的家庭で育ってそこを家出してきた少女メロディ(ウッド)を泊めてやることになり、結婚し、彼女を捜してきた母親はボリスの友人によって写真と性に開眼、すっかり人生を変え、さらにメロディの父親までニューヨークにやって来て……というコメディの細部(メロディの母マリエッタ〔パトリシア・クラークソン〕が写真に目覚め、コラージュによるヌード写真の個展を開く、などというところ)が、なるほど、70年代半ばでもおかしくはないな、と思わせる。

見ていたらスーザン・ソンタグを思い出したので、帰りに書店に寄って買ってきた。

スーザン・ソンタグ、、デイヴィッド・リーフ編『私は生まれなおしている:日記とノート1947-1963』木幡和枝(河出書房新社、2010)
編者のリーフは、ソンタグのひとり息子。ソンタグがレズビアン、もしくはバイセクシュアルであることはいわば公然の秘密だったが、性に関する欲望までも赤裸々に(日記だから当然だ)綴ったもの。編者による序文の結びはこういうもの:

 確信をもって言おう、読み手としても書き手としても母は日記や手紙を好んだ——親密なものほど好んだ。とすればたぶん、作家としてのスーザン・ソンタグは私のしたことを了解するだろう。ともあれ、そう願うしかない。(12ページ)