2017年11月15日水曜日

ゆったりとした週

東大が採っている複雑な仕組みのカレンダーのおかげで、今週は東大の授業はない。他大はあるが。そしてまた、土曜日の立教の授業もない。入試の日だからだ。つまり今週は、比較的ゆったりした週だ。

昨日、14日(火)にはコロンビアの作家エクトル・アバッド=ファシオリンセの講演を聴きにセルバンテス文化センターに行ってきた。当初の予定になかったことだが、彼の講演の前に、娘が撮ったドキュメンタリーが上映された。僕は知らずに行って、最後の10分くらいだけ見た。アバッドは1987年、父親を殺され、亡命のようにしてコロンビアを去る。その経緯を彼のおそらく一番知られている小説 El olvido que seremos に綴っているわけだが、映画はその辺りの事情を当時のフッテージなど交えながら作ったものだった。

今日届いた荷物はこれ。


ラッセル・ホッブズのヤカン。注ぎ口が細く、コーヒーを淹れるのに向いている。

2017年11月11日土曜日

デートの記録、あるいは『野生の探偵たち』ファンへのお薦め

昨日、10日(金)、午前中の授業を終え、夜、とある女性と新開拓のレストランで食事をする約束をしていたのだが、どうせならと、昼間のうちから会って行ってきたのだ。


リベラの壁画を持ってこられるはずもなく、リベラのもの自体は少ないですから、期待しないでくださいね、と関係者に言い含められていたし、そもそも壁画をあらぬ期待を込めて所望していたわけでもないので、まあ、「の時代」を楽しむのだと、そういうつもりで出かけて行った北浦和。

埼玉県立近代美術館は入り口にフェルナンド・ボテーロの彫刻をでんと据えた素晴らしい美術館なのだ。埼玉県がメキシコ州と姉妹提携を結んでいることもあり、美術館の広報誌はその名もZócaloだったりする。

さて、リベラの壁画は、もちろん、さすがになかったけれども(映像とスライド投影、それにティナ・モドッティらによる壁画写真数点があった)、若き日のリベラ、そしてパリでキュビスムに転じる前後のリベラ、成熟後の非・壁画作品もあって、なかなかの充実ぶりだった。

そして、肝心の「の時代」。これがまた素晴らしい。特筆したいのは、マヌエル・マプレス=アルセのエストリデンティスモやその後の雑誌『同時代人』にいたるまでの前衛詩のグループとアーティストたちの緊密な繋がりを押さえ、当時の雑誌や、30-30というグループのマニフェストを掲げたポスターなどは見ていて飽きなかった。2時間ばかり滞在して、閉館間際の退出だった。

マプレス=アルセらはボラーニョ『野生の探偵たち』で頻繁に言及されたり登場したりする。その人たちの前衛詩がアートと密接に関連していることを示しくれるものだ。

本来の目的として夜に行ったのは、上野のバスク料理店サルデスカ


ある人が気になるとツイートしていたのを見たその日、別のある方からデートのお誘いが来たので、行っちゃえ、と提案したもの。いささか裏切り者の気分。カウンターと小さなテーブルがひとつあるだけの、スナックを居抜きした、ひとりで切り盛りしている店。食事のメニューはすべて日替わりらしい。どれも非常に美味であった。

2017年11月5日日曜日

センに線を引く

一昨日のエントリーでは写真に映った3冊のうち橋爪大三郎の著書のみを話題にした。が、その奥にはアマルティア・セン『アマルティア・セン講義 グローバリゼーションと人間の安全保障』加藤幹雄訳(ちくま学芸文庫、2017)などがあったのだった。

橋爪のアドバイスを受け入れ、センの著作を読む際、傍線を定規で引いてみた。

うーむ。果たして手書きより早く引けたかどうかは、不明。しかし、手書きよりはるかに美しく引けたことは間違いない。僕の読書の痕跡としては比類なく整然としている。

そしてまた、定規を栞の代わりに本に挟んで持ち歩くというのもひとつの手なのかもしれないとも思う。

『グローバリゼーションと人間の安全保障』はセンが来日して行った石橋記念講演の記録(第一・二章 「グローバリゼーション」「人間の安全保障」)と、それを機に東大からの第一号の名誉博士号を受賞したときの講演(第三章 「文明は衝突するのか?」)、それにセン自身が選定した独立論文(第四章 「東洋と西洋」)から成る。

グローバリゼーションを歴史上恒常的に見られてきた統合への動きとして捉えるところなどは、アルフォンソ・レイェスの「ポリスのアテナ」と並べて論じたくなるし、数学の概念の伝達と変化を叙述した箇所などは翻訳論の文脈にも入れてみたい。センの教養と洞察が光るところ。

「人間の安全保障」という概念が小渕恵三の提唱したものであることなどは、日本での講演であるという性質から来るものだろうが、それにしても、すてきなことを知らしめてくれるじゃないか。小渕は「人間は生存を脅かされたり尊厳を冒されることなく創造的な生活を営むべき存在であると信じ」、「人間の安全保障」という概念を提示したそうだ。


人間の尊厳など、友だちでない者のそれなら冒し放題な小渕の後輩(つまり、現首相のことだが)に聞かせてやりたいじゃないか。

そして、もっと、もっと切実に聞かせてやりたいのが、次の断定。

 経済発展の要素の一部とみなされる基本的自由を拡大するには、さまざまな制度とそのような諸制度による保護とが必要です。民主主義的な経済運営、市民の権利、基本的人権、自由で開放されたメディア、基本的教育と健康管理を提供する施設、経済的セーフティ・ネット、そしてこれまでおろそかにされてきて最近ようやく注意が払われるようになった女性の自由と権利を保護する諸制度などが必要なのです。(57)

どれも今の日本でないがしろにされているものばかりじゃないか。


2017年11月3日金曜日

公共のものである私の頭

10月31日にはセルバンテス文化センターに行った。México en Sur 1931-1951( FCE ) という本を編んだGerardo Villadelángel によるこの本のプレゼンテーションがあったのだ。グレゴリー・サンブラーノとの対話の形式。それを逐次通訳した人物は「ハビエル・ビジャウルティアやオクタビオ・パスが雑誌『放蕩息子』に寄稿していた」ってな発話を、「(ビジャウルティアやパスを『スール』に招いた)ホセ・ビアンコは『スール』では放蕩息子みたいな存在だったから」と訳した。(他にもいくつか誤訳があったが、忘れた)きっと詩人たちのことやメキシコの文学シーンをよく知らない人なのだろう。背景を分かっていないのだ(「放蕩息子」という日本語の意味も)。プロの通訳ならそのへんのことも調べた上で臨むものなのだが、まあ仕方がない。

誰かの発話を理解するには内容のみならずその人の背景や意図を理解することが必要で、そうした背景や意図を分からないと誤解したり(訳する場合には)誤訳したりする。それは本と同じだ。

橋爪大三郎『正しい本の読み方』(講談社現代新書、2017)はこうした読書論につきものの、著者の実践編というべき箇所が面白い。特にマルクスとレヴィ=ストロースをその「構造」と「意図」、「背景」から主張内容を簡潔に教えてくれる。唸らせる。で、ついでにフーコー『知の考古学』の誤訳がそこにある数学的構造を理解していないことに由来することを指摘している。さすがのキレだ。

でも読書論として画期的なポイントは、マーカーは黄色と青を使う、「白黒コピーを取ったときに、色が出ないのは、黄色と青だけだから」とか、「傍線は、手で引いてると、時間がかかるんです。だから、定規で引く」。「いわゆるカードは作りません。一切」という実践的アドヴァイスだ。特に2つ目には虚を突かれ、3つ目には解放された。

そして居住まいを正されるまとめの言葉:「学者とは、自分の頭を、公共のために使うと決めて、修練を積んでいる、プロの本の書き手です」。


はい。頑張って書きます。本。

2017年10月29日日曜日

スペイン語の世界

昨日、28日(土)には、東京外国語大学でのスペイン語教育120年記念の催しに行ってきた。

まずは寺崎英樹先生による講演。氏は外語在任中に100周年の執筆を担当したそうで、日本とスペインとの接触から始まって東京外語大におけるスペイン語教育までを振り返った。

その後、二つの分科会。そのうちのひとつで僕は、久野量一さんの司会により、野谷文昭、宇野和美の両氏と翻訳について語った。3人がそれぞれの翻訳家としての仕事を振り返りながら、本との出会いとか作家とのつき合いなど、いくつかのテーマを語った。(写真は友人による。シンポジウム開始前の僕)

その日は午後からホームカミングデイで、メキシコ史家であったはずがいつの間にかシャンソン歌手になった清水透先生の歌とトークの催しもあったのだが、シンポジウムのメンバーと打ち上げに行き、午後の部は出なかった。

今日、新国立劇場小劇場のマチネで見てきたのは、アントニオ・ブエロ・バリェッホ『ある階段の物語』田中麻衣子演出。新国立の演劇研修所第11期生の試演会だ。


中央に大きな階段を据えたアパートの住人4家族の話。三代にわたる時間を描くのだが、若いカップル(二代目)の台詞が、その子の世代によって繰り返され、安易に若い世代への希望を託すような話にはなっていないところが面白いところ。ただし、その結末を、30年前にこの戯曲を読んだ切りの僕は忘れていたのだけど。

2017年10月22日日曜日

期日前投票に行ってきたぜ


18日(水)には、以前話題にした青山南『60歳からの外国語修行――メキシコに学ぶ』(岩波新書)の刊行記念イヴェントに行ってきた。久野量一さんとのトークショウ@B&B。

僕も1991年の4-5月の5週間、グワダラハラのCEPEに学んだ。青山南さんは、つまり、僕の後輩ということになる。実際には大先輩だけれども……

ケルアックの訳者である青山さんがスペイン語を学ぶのは、これはもう理の当然というか、必然というか、そういえば今日の『朝日新聞』の書評欄で評されていたアーヴィングの『神秘大通り』の主人公もフワン・ディエゴだし、そんなわけで、アメリカ文学の方々には大いにスペイン語を学んでいただきたいと思うのである。

で、ところで、行きの飛行機の中でガレアーノの『収奪された大地』を読み始めたという青山さんは、本書中にも多くのメキシコ関連の本を引いて、新たな読書へと導いてくれる。

トークショウでもそんな質問が出ていた。言及された本の数々をどのように選書したのかと。たとえば『トラテロルコの夜』などは?……

青山さんの著書のなかでも一番意外に思ったのが、このことなのだった。つまり、彼はスペイン語の授業の過去形の練習問題において1968年10月2日のトラテロルコの三文化広場における大虐殺を知ったのだと。そして、それから家族の方(と答えていただろうか? 単なる「知人」と言っていただろうか?)を通じて翻訳を取り寄せ、読んだのだと。

僕が意外に思ったと言ったのは、つまり、トラテロルコの虐殺のニュースは日本では報じられなかったか、それとも報じられたとしてもさしたるインパクトを残さなかったのだな、ということ。

本文には、オリンピックのことやそこでの黒人選手たちのある振る舞いのことなどは記憶に残っていると書いてある。アメリカ文学に関心を寄せていた青山さんのことだから、それは当然だろう。が、そのついでのちょっと前のこの事件(オリンピックを睨んでの処置)を覚えることさえなかったというのだから、きっと日本ではまったく報じられなかったんだろうな。

それが意外だというのは、僕はその5年後、73年ともなると、もう立派に自意識を抱いていて、その僕はその年のチリのクーデタの報道は記憶しているように思うからだ。もちろん、記憶というのはあくまでも曖昧で、それは事後的に得られたものかもしれないのではあるが……

トラテロルコの三文化広場とそこでの虐殺などについては、準備中の著書『テクストとしての都市:メキシコDF』でも触れている。来年の夏くらいの刊行予定。青山さんに献呈して差し上げよう。

翌日、こんなものを手に入れた。電子版『スペイン語大辞典』(白水社/LogoVista)

むふふ。

立教のラテンアメリカ講座ではフアン・ガブリエル・バスケス『密告者』服部綾乃、石川隆介訳(作品社)を本格的に読み始めた。面白いと評判である。昨日は翻訳のあり方についての議論で盛り上がった。

昨日は帰り道、期日前投票所に寄って1票を投じてきた。


僕は「穏健なアナーキスト」などと若き日のサルトルのような定義で自らを位置づけるものであり、共産党や社会党(現・社民党)の支持者であったことはない(言うまでもないが、自民党や公明党には一度として投票したことはない)。どちらかというとオリーヴの木方式で小さな政党が離合集散を繰り返しながら政治が作られていくのが好きではある。そのために野党に票を投じ続けているわけだが、今回は、ともかく、何が何でも安倍晋三の馬鹿者を引きずり下ろさなければならないとの危機感がある。秋葉原でのABの最後の演説の異様な映像を見るにつけ、そう思う。今すぐあの男を引きずり下ろさなけはれば僕らは滅びへの道をひた走ることになる。いや、既に走ってはいるのだが……

2017年10月15日日曜日

今年のラテンビートは1作品しか見られなかった。

いや、表題以前に、10月は半ばの今日になるまでブログを更新せずにいた! 

日本イスパニヤ学会63回大会に出た。

授業が始まってオロオロした。

そして、今年唯一のラテンビート映画祭:

ルクレシア・マルテル『サマ』(アルゼンチン他、2017)


一度では分かりきれなかったところもあるが、植民地の閉鎖的スペイン人社会に流れるなかなかに不穏な雰囲気を作り出して、いかにもマルテルらしいと思えた前半だったのが、ディエゴ・デ・サマ(ダニエル・ヒメネス=カチョ)が悪党のビクーニャ・ダ・ポルト征伐に出かけてからの後半の展開は目を見張る。前半は音声の取り扱いにハッとさせられ、後半はBGM(「アマポーラ」と "Te quiero dijiste" ! )にハッとさせられる。

2017年9月26日火曜日

狼狽える9月末

9月22日には非常勤先の大学のひとつが開講し、23日(土)も立教のラテンアメリカ研究所の講座が始まった。が、その日は授業を終えると京都に飛んだ。

恒例のハンバーグラボ参り……

ではない。世界文学・語圏横断ネットワークの研究会だ。今回は会場が同志社大学。

美しいキャンパスなのだ。比較的新しい良心館が会場(写真は異なる校舎。彰栄館、かな?)。

二日目の25日(月)午前中のパネルは「文学首都とその分身」。僕が司会を務めた。東大の駒場の学生たちのパネルだ。パスカル・カザノヴァ『世界文学空間』の提示する「文学首都」とその「分身」の概念を出発点にアルジェやニューヨーク、サイバー空間という「分身」または「文学場」などの立ち上がる様子を追った研究発表。

その日、最後の発表は聞くことができず、というのも、取って返した今度は東京へ。

『チリ夜想曲』出版記念兼ボラーニョ・コレクション完結記念トークショー(野谷文昭対小野正嗣)を聞きに。

終わって久野量一さんや斎藤文子さんも交え、コレクションの訳者揃い踏みで写真を撮ったが、きっと、やがて白水社のツイッターに掲載されると思う(いや、もう掲載された)

そして今日、否応なしに東大の授業が始まった。


ああ!……

2017年9月21日木曜日

メキシコを痛む

留学生たちと食事して飲んで、ぐっすり寝ている間にメキシコでは大地震があったようだ。M 7.1。今朝の『朝日』朝刊の時点で死者が225人。数日前のオアハカ、チアパスと違い、今回は首都も直撃した。奇しくも1985年の大地震と同じ9月19日のことだった。

レベッカ・ソルニット『災害ユートピア』では85年の地震のことが扱われている。邦訳のメキシコの地名や人名は惨憺たるもので、スペイン語(世界)など、すぐそこにあるのに、その程度の調べ物もしないのはいかがなものかと、ほとほといやになったけれども、その表記の問題は今は措いておこう。『災害ユートピア』ではメキシコのことが扱われている。

ノノアルコ=トラテロルコ住宅、つまりトラテロルコの三文化広場を取り囲む高層アパート群の一棟がまるごとひしゃげたこと、治安が乱れるのを恐れて投入された警官隊や軍が逆に略奪に走ったこと、一般の人々は文字どおりの「地獄に立ち上げられた楽園」(これが原題の直訳)を実現してみせたことが紹介される。とりわけスラム街テピートの住民たちの自衛は特筆に値する、と。

メキシコ当局はこれを機にテピートから低所得者層を追い出し、再開発しようと考え、地上げまがいの工作をした。住民たちの組合は地震の前からNPO組織と共同で自分たちの住む長屋のような共同住宅(vecindad)の改修を考えていた。住民を追い出した上での地上げによる再開発ではなく、住民たちに益する下からの再開発が実現した。

地震に乗じて政府が住民を追い出し再開発でもしようものなら、それはたとえばナオミ・クラインの『ショックドクトリン』(惨事便乗型資本主義)というものだろう。僕らは3.11においてこのショックドクトリンを経験し、独裁者を許してしまうことになるのだが、メキシコはそれを阻んだのだ。

85年を思い出し、祈るしかない。

95年の神戸を経験した安藤哲行はその経験をホセ・エミリオ・パチェーコの85年についての詩とともに思い出している(『現代ラテンアメリカ文学併走』)。安藤はパチェーコの詩で95年を乗りこえたのだ。

85年のメキシコは僕らの心の支えともなったのだ。

きっとメキシコはそのように惨事を乗り越える。そう思うことにしよう。

写真は青山南『60歳からの外国語修行――メキシコに学ぶ』(岩波新書、2017)

青山さんは60になってから早稲田から研究休暇をもらい、グワダラハラ大学でスペイン語を学んだ。その後、オアハカにも行った。その時のメキシコの学習体験記。


メキシコから僕らは学ぶことだってできる。

2017年9月20日水曜日

青木ヶ原の樹海の入り口には看板が立っている

留学生見学ツアーというのに行ってきた。僕は東大では留学生ではない。教師だ。だから引率教員立場で行ってきた。

まずは忍野八海。

池の水面に人の姿が映って、モネの絵のようだ。

そして鳴沢氷穴。

鳴沢氷穴は青木ヶ原の樹海の端にある洞窟で、かつて天然の冷蔵庫として使われた冷たい場所。

幻想的な地底の風景だ。

そして少し裏に回ったら、こんな看板が立っていた。


今日は山梨県立美術館と文学観を訪ね、その後、昇仙峡を歩いた。2010年に外語のオリエンテーション旅行で来たことがあった。少し記憶と異なっているような気もしたが、写真を見比べてみたら間違いなく同じ道を歩いていた。